東京のママ
今日はまた少し長くなりました。お時間がある時にでも読んでください。
僕は産まれてから大学に行くまで関西で育ったけど、父さんは元々関東出身なので、当然僕の親戚は結構関東にギュギュッと固まっています。
小学校の時のお正月にはよく父さんに「関東に行けばもっとお年玉もらえるのにな!」と言われてもいまいちピンと来んかったけど、冬休み明けの友達たちが、悪い取引中の社長みたいな顔でイヤラシく盛り上がる『お年玉いくらもらった話』に自信満々に飛び込んでいって大やけどした話は鮮明にいつでも蘇らせることができるしょっぱい思い出。
まあ、そんなこんなで、肝心なお正月に中々会えない親戚は、大体名前じゃなくて『どこに住んでる人』とか『どんな人』がそのままダイレクトシュートで名前になる。
「五反田のおばちゃんが来るで」とか
「川崎のおばちゃんにまた迷惑かけたんか!」とか
「マークンのおばちゃん、もうすぐ50やのにこども産んだで!」とか。
僕の親戚は名前がなんとなくぼんやりしている。
そんな中、少し前に母さんから入った一本の電話。
「東京のママがもう長くないから、喪服が無いなら買っておきなさい」
『東京のママ』
東京のママはよく覚えていますよ。なぜかって、とんでもなく叱られた思い出があるからね。
ママは本当によく僕ら兄弟を叱ってくれました。いい思い出は誕生日には必ず高級な箱に入ったウォルトディズニーのトレーナーをプレゼントしてくれたこと。内心、ロックマンやドラクエが欲しかった可愛げのかけらも無かった僕はいつも苦笑いで受け取っていました。
「東京のママがもう長くないから、喪服が無いなら買っておきなさい」
そう言われたとき、東京のママか、もうずいぶん会ってへんなあ・・・と思ったくらいでした。ねえちゃんの結婚式の時に10数年ぶりにちょっと会った時、「ひさしぶりやなあ純」と涙を流してたママ。久しぶりにあった僕を見て涙を流してくれるなんて、優しい親戚やなあ・・・なんて思っていました。なのにお葬式の連絡をほのめかされたとき
「ちょっと最近忙しくてさ、日によっては行けるかどうか・・・」
などとモゴモゴしていると、母さんが激怒。
「あんた、自分のおばあちゃんやで!!!ちゃんと来なさい!」
僕は26年生きてきて、ついこないだ東京のママが自分のばあちゃんやったことを知りました。
人生でもトップクラスのアメイジング。
隠されていたわけでも、何でも無く、たまたまそういう会話が一度も僕や兄弟の前で26年間一回も出ーへんかった、ありえへんミラクル。
東京のママは、「東京のばあちゃん」でも「マークンのおばちゃんのおかん」でもなく、『ばあちゃん』やった。
先週の11/4、ばあちゃんが病気で死んだ。
ねえちゃんの結婚式以来、久しぶりにあったばあちゃんは、随分痩せていてもう目も開くことは無かったけど、今やっとばあちゃんとの思い出に納得がいった。
道理でよく叱られて
道理で誕生日にいい服(ウォルトディズニー)を着させてくれて
道理でシンガポールのお土産もマーライオンの周りを取り囲むミッキーたちのトレーナー(ウォルトディズニー)やったわけだ。
後から事情を聞くとばあちゃんは、昔から「ばあちゃんって呼ばれるような歳じゃない!」と言いはって僕らみんなに「ママと呼べ」と教育してきたようです。若い頃から親戚からも有名なくらいとんでもない美人さんだったもので。
そりゃ、仕方ない。うん。
仕方・・・ないか?相変わらず凄いな・・・・
そんな、一度も「ばあちゃん」と呼ぶこと無くあの世に旅立ったばあちゃん。
「バカ、東京のママでいいんだよ!」と怒られそうなので、これからも結局ママはママのまま思い出の中で生き続けてもらおうかしら。
葬式中、スタッフと会場にいる人をザワッとさせた誰もいない壁の『ガタンっ』って音は、そういうことやんね。
式が終わって、高岡に帰ってきて、少しずつ、寂しくなってきた。
やっと、意味が分かってきた。
こんな特殊な気持ちは、誰が判ってくれようか。
でも、ただひとつ、ごめんよ、ありがとうよ。
ママ、お元気で。
あの世で僕をぶっ飛ばしてくれ。